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Interdependence(『お互いさま』)の時代

1月末、僕はインドで1週間を過ごした。都市部や農村部で活動するNGOや社会的企業を訪問したのだけれど、現場で活動するリーダーたちは、みな哲学者のような顔つきで、口を揃えて同じことを語っていた。

「最も大切なのは、人々が尊厳(Dignity)を持つことだ」

経済的な豊かさや教育レベルを高めるよりも、尊厳の方が圧倒的に重要なのだと。そして、人々が尊厳を持つために必要なのは、「支援する側」と「支援される側」に分けてしまわず、「互いに対等に支え合っている実感を持つこと」なのだと。

村の男性
↑バラナシ郊外の農村で出会った男性

自分がサポートを受ける立場であると同時に、誰かに取って必要とされる存在であることが、人に尊厳を与える。逆に、人々から尊厳を奪ってしまっては決してならないというのが彼ら・彼女たちの共通の想いだ。

「人々が互いに支え合うInterdependenceを実現したコミュニティづくり」

これはインド全土の農村部で活動を展開する高名な社会的企業Drishteeの思想だ。驚いたのは、インド農村部においても過疎化や高齢化の影響で相互の助け合いがなかなかできなくなっていて、彼らがテクノロジーを使ってその問題を解決しているという事実だ。

Swapna
↑DrishteeのVice President、Swapna氏

たとえば彼らが開発したMIRI(Made in Rural India)というスマホ上で機能するアプリでは、Peer to Peerで農村部の農家と都市部の家庭をつないで助け合いのコミュニティを構築しようとしている。

MIRI
↑MIRIのインターフェイス

テクノロジーが、利便性や生産性のためではなく、コミュニティのつながりを維持するために使われている。さらに言えば、プロダクトやサービスを届けるのはあくまで手段で、「お互いさまのコミュニティづくり」という思想と哲学の実現のために、すべての事業が設計されているかのようだ。

すごい。これこそがビジネスの未来だ。
僕は大興奮のうちに、帰国の途についた。


それから3ヶ月が経って、世界は一変した。文字通り。

でも、あの時インドで感じた未来は、期せずして、もっと早く訪れそうな気がしている。新型コロナウイルスという世界共通の危機や不安に瀕して、どんな人も支え合わないと生きられないほど個が弱くなっているからだ。

たとえばいまの自分は、3ヶ月前の自分よりも圧倒的に弱くなっている。経営者としてもそうだけれど、父親・夫としても。

保育園や学童保育が利用できなくなったことで、共働き家庭の我が家は一気にバランスを崩した。団体経営も危機的な状況のなか、6歳と3歳の子どもたちのケアを平日も含めてやらなければいけないことは、実質、不可能に近かった。僕はギブアップをして、あらゆる方面にSOSを出した。

結果、有り難いことに色々な人たちがアドバイスをくれ、救いの手も差し伸べてくれた。保育園が追加のサポートをしてくれると申し出てくれたし、両親や妹も子どもたちを週の何日か預かってくれることになった。職場のメンバーに相談して、僕は週のうち2日間は半日の休みを取って子どものケアに専念させてもらうことになった。さらには、同僚の奥さんがベビーシッター役を買って出てくれるとも言ってくれた。本当に、感謝しかない。

いま僕は、こうした周囲の優しさに全面的に甘えるという決意をしている。ある意味での、覚悟も持って。もしかしたら、お金で解決する道もあったかもしれない。ベビーシッター利用には国の補助金もつくし、民間のサービスを頼った方が各方面と調整したりする面倒だって少ない。それに、ちゃんとしたサービスではないので、サポート体制も安定はしていない。

でも、インドでの記憶が残っていることもあってか、僕は思い切り支えてもらうという決心をした。自分自身は僕の持ち場で他の誰かに貢献しつつ、一方で、困っていることは誰かに全力で頼るという、お互いさまのつながり。その方が、このコロナという危機を力強く乗り越え得られそうな気がしたし、幸せに日々を生きられると思ったからだ。

実際、ここ数週間をそんな感じで生活してみると、大変ではあるけれど、間違いなく以前よりも生活が充実している感覚がある。周囲の人たちとのつながりがより深く濃くなったし、それを幸せに感じている自分がいる。

というわけで、僕は言いたい。

ぜひ、コロナをきっかけに、もっと互いに頼り合う社会をつくろうと。便利や安心ももちろん大切だけれど、それ以上に、人と人が支え合うつながりを大事にしていこうと。弱さを認め合い、でも、弱さがある人を「弱者」だと決めつけず、それぞれが互いに支え合う関係性をつくっていこうと。

事業者は、そんな「お互いさまのつながり」を強めるためのサービスやビジネス、テクノロジーをどんどん作っていこう。僕たちNPOも、そんな観点から事業を見直して、これを機に、どんどん「お互いさま」の社会をつくってしまおう。

きっとこうした営みこそが、アフターコロナの素晴らしい未来をインドでも日本でも創っていくんだと僕は思う。

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↑ガンジス川のご来光

(写真提供:笹島康仁)

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715
※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)

社会課題大国インドで起きる、ソーシャルイノベーションの2つの潮流

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2年ぶりにインドを訪問し、デリーとバラナシでとても濃い世界に浸ってきた。本当に良い時間で、前回の訪問とはまた違う、さまざまな学びがあった。

1週間という限られた滞在ではあったけれど、NGO・社会的企業・投資機関など7団体のリーダーたちと対話をするとともに、3団体の活動現場を訪問することができた。個別の訪問記録も書きたいところだけど、全体として印象に残ったことに絞って、2回に分けて書いてみたいと思う。

前編は、社会を良くするための2つの潮流について。

社会課題大国と言われるインドは、社会課題を解決する動きでも世界で最先端を行っていると僕は思っている。そんなインドで、今回は2つの異なる力強い潮流を感じたように思う。いつもながらかなりマニアックな内容になるけれど、それぞれ、書いてみたい。

1. 社会性の高いスタートアップを育むエコシステム

日本でもメディア露出が増えているインドのベンチャーキャピタル(以下、VC)にAavishkaarという組織がある。社会課題解決を志向するスタートアップに絞った投資を行うなかで10億ドルの資産を運用する、世界でも例を見ない規模のインパクト投資機関だ。

今回はこのAavishkaarのパートナーと、その投資先であるGoBOLTというスタートアップの経営陣と対話をした。GoBOLTはマシーン・ラーニングを活用した物流の最適化を目指しており、これからIPOを目指す非常に勢いのあるスタートアップだ。

GoBOLTのビジネスモデル自体もとても将来性がある先進的なものなのだが、ここで注目したいのは、これからIPOを目指す段階のスタートアップが、財務的なKPIだけでなく、社会インパクトのKPIを強く意識をしながら経営を行っているということだ。彼らのプレゼンを聞いていると、売上やトラックの所有台数の話と同時に、それ以上に、雇用するドライバーの生活がどれだけ向上したかに本気であることが伝わってきた。

日本でスタートアップの経営者と話をしていても、社会インパクトに対する意識が強い経営者はとても多いと思う。ただ、一方で「いまのGrowthステージでは投資家のプレッシャーも強くて、正直、社会インパクトとか言ってる余裕ないんだよね」という話をよく耳にする。VCなどからの短期的な財務面のプレッシャーが強く、長期的に追いかけざるを得ない社会インパクトは意識しづらい環境があるのだと思う。

では、インドではどうなのか。僕は、日本とは逆の動きが起き始めていると感じた。Aavishkaarをはじめとした社会性の高いVCがスタートアップに働きかけ、早い段階から社会性を持つよう経営者にプレッシャーを与えているのだ。今回話を聞かせてもらったGoBOLTのCOOも、「Aavishkaarから投資を受けたことで、経済性と社会性のバランスを取りながら経営をすることに対して意識が向かっている」と語っていた。

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↑AavishkaarのパートナーTarun氏

日本においても機関投資家を中心にESG投資の文脈が盛り上がっており、上場企業に対しては社会性を意識するように働きかける動きが活発化している。一方で、スタートアップに対する投資の動きにおいては、こうした流れはまだ限定的だ。いまスタートアップでの不祥事が世界的に広がっているなかで、日本のVCにもAavishkaarのようなプレイヤーが現れてくることを期待したい。

ちなみに、Aavishkaarのパートナーは、僕のようなもともとNGOの世界にいる人間には耳が痛い話も言っていた。

「もともと社会性の高い経営者に、事業をスケールさせる能力を教えるのはとても難しい。一方で、事業をスケールさせる能力のある経営者に社会性を教えることは可能なことだ」

ぐうの音も出ない言葉だが、その通りなようにも感じる。。。その意味でも、VCがスタートアップ経営者に新しい形でのプレッシャーを与える意味は大きいように思う。


2. 新しい価値観の投げかけに力を入れるNGO

上に書いたように、特にインドにおいては、テクノロジーを駆使したスタートアップが社会課題の解決を大きなスケールで推進する動きが急速に加速している。そうしたなか、NPOやNGOが社会課題を解決するプレイヤーとしての存在感を落としているかと言うと、実はそうではないようだ。

今回訪問した団体に限ってみると、僕の印象としては、インドで活動する骨太なNGOたちは、事業のスケールアップを目指すよりも、世の中に新しい価値観を提示することに力点をシフトさせようとしているように思える。

たとえば今回対話させてもらったGoonjというインド最大規模のNGOの創業者Anshu氏は、もはや宗教家なのではないかと思うほど、独自の思想を深め、その哲学を雄弁に語ってくれた。彼だけでなく、他のNGOのリーダーたちも哲学レベルの力強い信念を掲げていて、それぞれの活動にはその思想が細部にわたって体現されていた。むしろ、現場での活動をツールとしながら、新しい価値観や哲学を社会に対して発信しているという印象を持った。

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↑Goonjの創業者Anshu氏

スタートアップが資本主義の仕組みのなかで課題解決を進めていくなか、ある意味では、「既存の社会システムや価値観を覆すような新しい物事の見方」を提示することこそが、現場に最も近い位置にいるNGOの新たな役割だと定義され始めているのかもしれない。

では、インドのNGOでは実際にどのような価値観が語られているのか。それぞれの団体が独自の哲学を掲げているように見えて、そこには共通項があるように僕は感じた。「Dignity」と「Community」という2つが、通底するキーワードだったように思う。

Dignityとは、日本語では「尊厳」を指す。貧困状態にいる人たちが生計を立てられるようになることで、自分の人生に対してOwnershipを持てるようになることだ。でも、彼らが語るDignityはそこだけに留まらない。「支援を与える」「支援を与えられる」という二項対立を超えて、すべての人がそれぞれの存在を人間として尊重し合える関係性を持てるようになることが、いま必要になっているのだと言う。

そして、Community。インドでも、都市部を中心に西洋的な個人主義(Individualism)が広がっていて、それに抗うことが大切だという考え方だ。日本をはじめ先進国が辿ってきた、コミュニティが分断されて個人主義に支配された状態を、どのように避けていくのか。どのようにして経済発展とあたたかい社会のつながりを両立させるのかが、大きなテーマになっているようだ。

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↑インドの農村に住む子どもたち

ちょっと僕にはこれ以上言語化できないものの、このような活動に通底した思想が、インドのNGOには横たわっているように感じた。なお、僕が驚いたのは、ここで語られている内容が、日本の文脈においても非常に重要なテーマであるという点だ。

Leap Frog現象という言葉は、一般的に「新しいテクノロジーの活用が途上国で先進国よりも速いスピードで進むこと」を指す。だが、ある意味では、テクノロジーのLeap Frogが進むなか、社会システムや価値観においても、途上国が一気に先進国よりも先に進んでいっていく時代に入っているように思える。


さて、長々と書いてしまったが、インドにおけるソーシャルイノベーションは、2つのレイヤーで異なる動きが進んでいっているように思えた。この2つの世界観から、日本が学べることは多いように思う。

後編では、インドにおいてテクノロジーがどのように社会を変えているのかを書いてみたいと思う。ここまで読んでもらったマニアックな方々は、どうぞお楽しみに。

(写真提供:笹島康仁)

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715
※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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二人の偉大な先人がこの世を去った2019年

少し遅れてしまったけれど、2019年の振り返りを書いておきたい。

2019年もまた、個人的にも色々なことがあった年だった。ただ、1年間を振り返ってみて最もインパクトのある出来事としていま思い出されるのは、やはり緒方貞子さん中村哲さんという国際協力の世界で活躍した2人の偉大な先人がこの世を去ったという事実だ。年末年始に改めてお2人の著作やドキュメンタリー映像などを見直す機会もあって、改めて、その功績の大きさや力強いリーダーシップにはただただ圧倒された。

お2人と同じ世界で仕事をする人間として、改めて、これからの時代をどのように生きていくべきなのかを、真摯に考えなければいけないと強く思っている。

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緒方貞子さんの功績と素晴らしさは、本当に数多くの視点から語ることができる。ただ、勝手に語らせてもらえば、彼女の真骨頂だったのは、現場主義を貫きながら、組織の論理を超えて巨大組織をあるべき方向に向かわせる大局観だったのではないだろうか。

UNHCRとJICAというある意味では巨大な官僚組織のなかで、トップとして人の血の通った意思決定をしていくというのは、僕なんかにはとても想像できないような困難な道だったはずだ。人間に対する優しさと厳しさの両方を持ち合わせた彼女の視線と行動力は、この世界に生きる身としては、少しでも継承していかなければいけないと強く思う。

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中村哲さんの残した印象的な言葉は以前のポストにも書いたけれど、彼が傑出していたのは、現地の人々に徹底的に寄り添う姿勢と、弱い立場に置かれた人たちに対する絶対的な優しさだった。

そして、中村さんが同時に持ち合わせていた大胆な発想力と行動力とが、60万人の人々のいのちを支える大規模な用水路を完成させるという偉業を成し遂げさせた。今回の事件に対するアフガニスタンの人々の反応を見ていると、これだけ途上国の現地社会から尊敬され愛された日本人はいないのではと思うほどだ。


お2人と仕事をしたこともない僕なんかが語るのもおかしな話だが、お2人に共通していたのは、前例や常識に囚われず、自分が人間としての心で感じ取ったことを堂々と発言し、大胆に行動に移していく姿勢だったのではないだろうか。そして、スタイルや役割はそれぞれ違えど、その姿勢と強い意志とが現場での大きな結果へとつながっていったのだと思う。

お2人に憧れる形で国際協力やNPO/NGOの世界に飛び込んだ若者たちは数知れない。緒方貞子さんの存在があったことは僕が国際協力の道に進んだきっかけの1つだったし、中村哲さんのようなカッコいい草の根の活動をされている方がいるという新鮮な驚きが、僕がNGOの世界にはまっていく要因だった。

2020年からのこれからの時代、お2人は残念ながらもう生きていない。ある意味では、これからは自分たちの世代こそが、次の世代に対して背中を見せていく番になっていく。まだまだ青二才だけれど、自分自身も、お2人が切り拓いた道とその視点の高さをしっかりと受け継ぎつつ、お2人のようなぶれない軸を持って、これからも前に進んでいきたいと思う。

明日からはいよいよ2020年の仕事が始まる。僕は僕の現場で、まずはしっかりと価値を出していきたい。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715
※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
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「ボランティア活動」の価値の再認識 〜バンコクで考えたこと〜

1泊3日という弾丸日程で参加した、11月のバンコクでの国際会議。その時のメモを途中まで書いておいて、公開しないまま2019年が過ぎそうになっているので、さすがに翌年に持ち越すことは避けるべく、今更ながら記事をアップしてみようと思う。

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僕が参加したのは、IAVE Asia Pacific Volunteering Conferenceなるもの。これまでも国際会議には何度も参加してきたものの、「ボランティア」というある意味で伝統的かつSpecificなテーマでの会議に400人以上の人たちが世界中から集まっている光景は、なんというか壮観だった。

今年のテーマは「Unlocking the Power of Volunteering(ボランティアの力を解放しよう)」。クロスフィールズの活動がこのテーマを体現していると主催者たちに映ったようで、今回は光栄にも基調講演のスピーカーを務めさせてもらった。8年間地道に活動を続ける中で、クロスフィールズの活動に対する海外からの関心や期待がこうして高まっていることには、本当に喜びを感じる。

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↑まさに身に余る役割をもらった感じ。スピーカー一覧のサイトを最初に見た時は背筋が凍った


さて、せっかくなので、今回の会議を通じて考えたことを、3点ほど書き残しておきたい。

①ボランティアこそ共感力を育む最強のツールでは?

プロボノという言葉が定着してからというもの、災害時や大規模スポーツイベントを除けば、最近はあまり脚光を浴びることがなくなった印象のあるボランティア活動。でも、今回の会議で世界中の人たちがその意義を口々に語るのを聞いてみて、グルっと一周回って、ボランティアって最高に素敵だなと感じたのだった。

クロスフィールズが運営する「留職」にしろ、プロボノ活動にしろ、最近注目を集めているNPO関連の活動には、企業が人材育成として活用できたり、個人がキャリアアップする際の一助になるなど、何かしらの明確な目的が置かれているものが多い。もちろん悪いことではないが、なんというか、この10年くらいは、自分起点のモチベーションというか、何かしらの見返りがある実利的な活動が注目を集めてきたように感じる。

それと比較すると、ボランティア活動は、純然たる利他の活動という側面が強いように思う。利己的な意図や損得勘定からは完全に自由になり、誰か他の人のために尽くすということに最も真っ直ぐになれるのが、ボランティア活動の大きな特徴だと言えるかもしれない。

ここのところ、「共感する力(Empathy)が大切」だと色々なところで聞かれるようになった。論理的な思考では人間がAIやロボットに勝てなくなるなか、人間がこれから見直すべきなのが、「共感」の力に着目すべきだと多くの人たちが考え始めているからだ。

そして、完全に私見ではあるのだが、ボランティア活動こそが共感力を高めるための手段として、もしかしたら最強なのではと、僕は思うのだ。自分が所属する組織の利害関係から自由な立場で、誰かのためを思いやって活動し、そしてその活動の反応も感じることができる。これは「共感」の基本である「他者の立場に立って物事を感じたり考える」という活動そのものではないだろうか。(と言って、共感力を鍛えるためにボランティアをしようとか考え始めると、また矛盾が起きていくのだけれど…)

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↑とてつもない数の聴衆が世界中から集まっていた


②シニアによるボランティア活動は、人生100年時代の基礎となる?

今回聞いた講演のなかでも最も印象に残ったものの1つが、香港のボランティア支援団体によるスピーチだ。

世界で最も長寿なこの国では、シニア世代によるボランティア活動が非常に盛んなのだという。彼らは「Young Old」という言葉を使っていたが、高齢社会においては「気持ちの若い年長者」によるボランティア活動こそが、社会を大きく変えていくのだという力強いメッセージだった。

香港と同じく超高齢社会を迎える日本においても、シニア世代による社会参画をどう考えるのかは、国家レベルで考えるべきイシューだと思う。ボランティア活動は、シニア世代を活性化して健康寿命を伸ばすという観点からも、労働人口が減る中での社会サービスの担い手の確保という意味からも、大変意義深い活動ではなかろうか。

なお、シニア世代をボランディアに巻き込む上で大切なのは、「①現役を引退してからではなく、引退前からボランディアに誘う」「②孫と一緒に参加できる活動から始めてもらう」「③巻き込み上手な人から誘って、どんどん友達を呼び込んでもらう」といった点だそうだ。どれも長年の経験に裏打ちされた納得感のあるレッスンであり、唸る点が多かった。

最後に、この香港の団体は、「大変な政治状況が続いているが、きっとボランティア活動こそがいまの苦しい香港の状況を打開する力になれると私は信じている」というメッセージでスピーチを締めくくっていたが、この言葉は僕含む多くの聴衆の胸を打つものがあった。

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↑演出や装飾がとても凝っている会場の様子


③ボランティア活動を通じてSocial Capitalが積み上がる?

最後に、最近個人的によく考えるようになっている「Social Capital(社会関係資本)」という概念について。簡単に言えば、”社会や地域における人々の信頼関係や結びつき”のことで、最近ではOECDなども国や社会の豊かさを表す指標として、注目していたりする。

今回の会議への参加を通じて思ったのは、ボランティア活動ほどSocial Capitalを豊かにする活動はないのではということだ。そもそも、ほとんどのボランティア活動というのは、緩やかな人の結びつきやご縁によって成り立っている。人間関係がないところにボランティア活動は発生しないし、ボランティア活動によってこそ、コミュニティのなかに信頼関係が育まれていく。

そして、ボランティア活動に従事する人たちは、豊かなSocial Capitalを持っていて、また、Social Capitalの活かし方がとても上手い。この会議に僕が呼ばれたプロセスも、なんというか、すべてが信頼関係から生まれた奇跡的なご縁だ。このつながりのなかでは、誰もが損得の関係性とは無縁なのだ。だから面白いし、人と人の関係が太く強くなるのだ。今回のカンファレンスで仲良くなった人とは、僕はきっとこれからも関係性が続いていくと僕は確信している。

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↑今回僕を読んでくれた主催者のAnneとの記念写真


というわけで、あらゆる意味で、これからまたボランティア活動の価値が見直されるのでは、という僕のザックリとした抽象的な予兆について、書きなぐってみた。 折しも来年はオリンピック・パラリンピックでボランティア活動を経験する人の数が日本国内でも一気に膨れ上がるはず。ぜひ、2020年は日本全体でボランティアがもう一度盛り上がっていく年になって欲しいと思う。

なお、この会議を経てボランティアについて改めて考えてみようと早瀬昇さんの『「参加の力」が創る共生社会:市民の共感・主体性をどう醸成するか』という本も読んでみたけれど、最強に面白かったし、とても示唆に富んでいた。こういう分野に興味があるマニアックな人には、ぜひ読んでもらいたい良書です。オススメ!!

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※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
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中村哲さんに頂いた言葉

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今日はアフガンで命を落としたペシャワール会の中村哲さんのことをずっと考えている。彼の訃報は悲しくてならないけれど、タリバンが「犯行への関与を否定する声明」を出すという普通なかなか起きない事態が、現地社会が中村さんやペシャワール会のことをどれだけ信頼していたのかを物語っている。同じ日本人として、本当に誇らしい。

たまたまではあるけれど、僕は昨年9月に中村哲さんの講演を聴き、その後、個別にもお話する機会を頂いたことがある。追悼の意も込めて、その時に印象に残った中村さんの言葉を、ここに書いてみたいと思う。
 
「僕はとにかく逃げ足が遅い。だから逃げ遅れて、いまもこうしてアフガンで活動をしているのだと思う」
 
「医師として1人1人を救うことは大いなる喜びだった。でも、灌漑事業で数千人を一気に助けられるのは存外の喜び。これ以上の幸せはない」
 
「実はアフガンでの活動に集中していて、自分の実の子どもが亡くなる瞬間に立ち会えなかった経験がある。でもその時も、自分のやっている事業によってアフガンの子どもたちの命が数千人救えているという実感があったので、それでいいと思えた」

「これからの時代、どんな人を育てていくべきか。誰か泣いている人がいたら、『どうして泣いているの?』と駆け寄ることができる気立ての良い子どもが増えてほしい」
 
「誰かに裏切られたと思っても、すべてを憎まないことが大切。その部分だけではなく、良い面もあると信じて、クヨクヨしないということが何よりも大切」
 
「ちょっと悪いことをした人がいても、それを罰しては駄目。それを見逃して、信じる。罰する以外の解決方法があると考え抜いて、諦めないことが大切。決めつけない『素直な心』を持とう」
 
「無理やりやってもダメ。悲壮感は十分な原動力にはならない。好きなことや、やめられないようなことを思い切ってやってほしい」
  
とにもかくにも、自分よりもアフガンの人々を愛することのできる人だった。こんな人はなかなか存在しないと、改めて思う。彼の遺志を少しでも良い形で引き継ぎたいと心底思う。

ご冥福をお祈りします。

(追記)
いま多くの人が「彼を殺した人のことを許せない」と言っているけど、なんとなく、中村さんは「まぁ、どうかアフガンの人たちを責めないで、ゆっくり見守ってあげてください」と天国でおっしゃっているような気がする。

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